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仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(ナ)1号 判決

原告 須郷与七 外三名

補助参加人 鶴田町

被告 青森県選挙管理委員会

補助参加人 三上兼雄 外一名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用中原告等補助参加人に付生じた部分は同補助参加人の負担とし、その余は全部原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告が青森県北津軽郡鶴田町大字石野及び同町大字野中地域の境界変更に関する住民投票の効力に関し、昭和三一年一二月一五日なした裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として

一、鶴田町は、昭和三〇年三月一日町村の廃置分合のため、地方自治法第七条の規定により、青森県北津軽郡鶴田町(旧)、同郡梅沢村、同郡六郷村、同県西津軽郡水元村の四ケ町村を廃し、その区域をもつて新たに置かれた町で、その所属郡を北津軽郡と定められたものである。

二、原告等は四名とも肩書地を住所とする右鶴田町における同町大字石野及び同町大字野中の境界変更に関する住民の投票権を有するものである。

三、被告は、訴外三上兼雄、同三上武憲の、昭和三一年四月二六日執行の右鶴田町大字石野及び同町大字野中地域の境界変更に関する住民投票の効力に関する訴願を受理し、昭和三一年一二月一五日「昭和三一年六月一日、鶴田町選挙管理委員会がなした異議申立に対する決定はこれを取消す。昭和三一年四月二六日執行の鶴田町大字石野及び同町大字野中地域の境界変更に関する住民投票はこれを無効とする。」との裁決をなした。

四、被告がなした右裁決の理由の要旨は、右住民投票に際し、二一六名の無資格者の投票があつたこと、そのため、右住民投票は、町村合併促進法において準用する公職選挙法第二〇五条の規定に違反し、且つその投票の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するというのである。

五、ところで、鶴田町選挙管理委員会が昭和三一年四月二六日同町大字石野及び同町大字野中地域の境界変更に関する住民投票を執行したのは、町村合併促進法(昭和二八年法律第二五八号)第一一条第三項に基くものであるが、右住民投票における投票権者とは鶴田町に住所を有し、町議会の議員及び長の選挙権を有するものであつて、しかも、右投票執行当時である昭和三一年四月二六日までに、その投票執行地域である右石野及び野中地区に住所を有する者だけを指すのである。

六、しかるに、被告が前記のように無資格者の投票と認定した投票者二一六名は、いずれも鶴田町に住所を有し、町議会の議員及び長の選挙権を有するものであつて、右住民投票の執行された昭和三一年四月二六日以前に、その執行地域である鶴田町大字野中字梅林にその住所を移転し、同所に住所を有する適式なる投票権者である。したがつて、右二一六名が右住民投票の執行に際し投票したのは何等公職選挙法所定の選挙の規定に違反していないのである。

七、ところが、被告は、右六の事実を無視し、鶴田町選挙管理委員会の決定を取消し、更に右住民投票全部を無効としたのは、法の解釈を誤つたもので失当であるから、その取消を求めるため本訴請求に及ぶと陳述した。

(証拠省略)

原告等補助参加代理人は、一、鶴田町は、原告等代理人主張のように元鶴田町外三村が合併して設置されたものであるが、昭和三一年三月八日、青森県知事より鶴田町大字石野及び同町大字野中(右合併前は共に六郷村所属)の両地域につきその境界変更の勧告があつたので、鶴田町議会は、昭和三一年三月二二日開会しその結果、出席議員二八名中二六名の多数をもつて、右大字石野につき知事の勧告と異なる議決をなし、また、昭和三一年四月六日開会の際には、出席議員二八名中二六名の多数をもつて、右大字野中につき知事の勧告と異なる議決をなした。二、そこで鶴田町選挙管理委員会は、昭和三一年四月二六日、同町大字石野及び同町大字野中の境界変更の住民投票を執行し、即日開票の結果、総投票数七四九票、その内有効投票七四四票、無効投票五票、有効投票の内賛成と記載したもの四一八票、反対と記載したもの三二六票となつた。そこで、選挙長は賛成投票が有効投票の三分の二以上に達しないので、右両地域の分町が成立しない旨宣告した。三、訴外三上兼雄、同三上武憲は、右住民投票の結果を不服として、鶴田町選挙管理委員会に対し異議の申立をなしたが、同委員会は、昭和三一年六月一日異議申立却下の決定をなした。そこで、右異議申立人等は原告等訴訟代理人主張のように、更に被告に対し訴願をなし、その主張のような裁決を得たのであると陳述した。(証拠省略)

被告指定代理人は、主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

一、原告等訴訟代理人主張の請求原因の内第二項は不知、第三、四、五項は認める。第六、七項はこれを争う。

二、被告が原告等訴訟代理人主張の住民投票に際し、その投票をなした者の内無資格者と認定した二一六名は、鶴田町住民ではあるが当該住民投票の区域である同町大字石野及び同町大字野中の地域にその住所を有していないにもかかわらず、鶴田町選挙管理委員会は、単に鶴田町長が発行した形式的な居住証明書によつて、右二一六名にも投票権があるものとしてその投票をなさしめたのである。

三、そこで、右二一六名の居住証明書の受領から投票にいたるまでの経緯についてこれをみるに、右住民投票に当り、右石野及び野中地域に住所を有する大多数の住民は、板柳町に分町賛成の意向であることが明らかとなつたので、そのまま住民投票を執行する場合は、分町賛成の投票がその法定の三分の二の数を越えることとなり、したがつて、該地域の鶴田町からの分町が成立することとなるので、同町の関係者は、これを阻止するため、一夜造りの水増有権者を製造し、これらの者に投票をさせたものであつて、全く計画的に行つた行為である。しかも、右水増有権者の大部分は鶴田町消防団員であつて、いわば同町消防団の組織の力を利用してこれに当らせたものである。また、右水増しに用いられた居住証明書は、各人の個々の申請に対して下付されたものではなく、鶴田町消防団の幹部又は各分団長が一括して同町役場からこれを受領の上各人に渡したものであつて、そのため氏又は名が本人のそれと相違しているものも十数名に達しているのである。

四、次に、右水増投票に要した居住証明書の発行数は全部で二一七名分(甲第二号証の一ないし二一七)であるが、(1)その内投票した者二一六名、投票を棄権したもの一名、右投票者二一六名の内、(2)鶴田町大字野中字梅林九一番地一号地内訴外野呂源太郎所有のりんご倉庫に転居したと称する者一一九名、(3)同字九二番地八号地内訴外永沢与之助所有のりんご倉庫に転居したと称する者九五名、(4)本人が投票したのでなく、何人かが本人名義の居住証明書を使用して投票したもの二名となつている。以上のような次第で右字梅林にその住所を移転したとして投票した者の数は合計二一四名になつている。ところが、右移転先である倉庫は、人の住むような構造ではなく、倉庫内には前記住民投票当時相当多量の物品が保管されており、人の常住するような設備もなかつたので、仮りに、作業等のため一時同倉庫に仮宿した者があつたとしてもこれをもつて、同倉庫に右二一四名の住所が設定されたとは到底認め難いのであると述べた。

(証拠省略)

被告補助参加代理人は、本案前の抗弁として、原告須郷与七は、昭和三一年一〇月二日頃まで鶴田町大字石野に住所を有していた事実はあるけれども、同月二六日一家を挙げて鶴田町大字鶴田にその住所を移したので、前記住民投票当時である昭和三一年四月二六日には格別、本訴提起当時はその投票執行地域である右鶴田町大字石野及び同町大字野中地区にその住所を有する者とはいうことができないから、当事者適格を欠くものというべく、同原告の本件訴は却下されるべきであると述べ、次に、本案につき、一、被告補助参加人三上兼雄は鶴田町大字石野に居住し、同今三五郎は同町大字野中に居住し、共に予てから右両地域が板柳町にいわゆる分村することを執心に希望してきたものである。二、右字石野及び同野中両地域の板柳町への分村は、その地理的情況、経済的事情から、右両地域に住所を有する大多数の者の希望であつて、青森県知事においても、昭和三一年三月八日、鶴田町に対し、これが勧告をなしたのであつたが、鶴田町議会は、多数を頼んで右知事の勧告を斥け、昭和三一年四月二六日行われた住民投票に際しても、飽くまで分村阻止の画策をなし、遂に被告指定代理人主張のような方法をもつて住民投票を執行したものである。なお、被告指定代理人の答弁事実を援用すると述べた。(証拠省略)

理由

先ず被告補助参加代理人主張の本案前の抗弁について判断する。被告補助参加代理人は原告須郷与七は本件住民投票地域内に住所を有していないから、住民投票権なく、したがつて、本件訴の原告としての適格を欠くので、同原告の本件訴は却下されるべきであるというのであるが、原告須郷与七が本件住民投票地域内に住所を有していないとの事実については、これを証し得る証拠なく、却つて、本件訴状自体、一件記録添附の同原告の訴訟委任状の各記載及び被告補助参加代理人の同原告は昭和三一年一〇月二日頃までは鶴田町大字石野に居住していたとの主張事実を綜合すれば、原告須郷与七は、本件住民投票が行われた当時は勿論本訴提起当時も右住民投票地域である鶴田町大字石野字田毎五番地の二号に住所を有していることを窺いうるので、被告補助参加代理人の右抗弁は採用しない。次に、本案について判断する。

原告須郷与七が鶴田町大字石野に住所を有することは前記認定のとおりであり、その他の原告三名はいずれも同町大字野中に、それぞれ住所を有する本件住民投票における投票権者であることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、鶴田町において、昭和三一年四月二六日、同町大字石野及び同野中地域の境界変更に関する住民投票を執行したこと、被告において、訴外三上兼雄、同三上武憲の両名から、右住民投票の結果に対して提起された訴願を受理し、昭和三一年一二月一五日、鶴田町選挙管理委員会がなした異議申立に対する決定を取消すと共に、右住民投票を無効とする裁決をなしたこと及び被告のなした右裁決の理由の要旨が、右住民投票に際し二一六名の無資格者の投票があり、そのことが町村合併促進法において準用する公職選挙法第二〇五条の規定に違反し且つその投票の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するということであることは、いずれも当事者間に争いなく、本件境界変更に関する住民投票の執行は、町村合併促進法第一一条に基くものであるが、同条によつて投票権を有する選挙人とは、同条第七項によつて準用される公職選挙法中普通地方公共団体の選挙に関する規定にしたがい、鶴田町議会議員及び長の選挙権を有するものであつて、右住民投票日であつた昭和三一年四月二六日以前にその投票執行地域である鶴田町大字石野及び同町大字野中に住所を有するものであることについては原、被告両当事者間にも異論のないところである。

そこで、果して被告指定代理人において無資格者と認定した右二一六名が原告等訴訟代理人主張のように、前記投票地域に住所を有するものであるか、どうかについて検討するに、成立に争いのない甲第一号証、第二号証の一ないし二一七は後記各証拠と対比すればにわかに信用し難く、他に原告等訴訟代理人の右主張事実を認め得る証拠はない。却つて、文書の方式により成立を認め得る乙第一号証の一ないし二一七及び公文書であるから成立を認め得る乙第一号証の一ないし二一七及び公文書であるから成立を認め得る丁第二号証の一ないし二一七、成立に争いのない同第三号証ないし第七号証及び成立に争いのない甲第三、四号証を綜合すれば、鶴田町議会は同町大字石野及び同町大字野中の両地域が鶴田町から分町することを防ぐため、同町議会議員二八名中二六名をもつて分町阻止対策委員会を結成し、同町理事者である町長、助役、総務課長等がこれが参与となつて、前記石野及び野中地区の分町阻止を強力に押し進めたのであるが、その一方法として、昭和三一年四月二六日執行の住民投票に際し、その有権者を水増しして勝を制しようと企て、主として鶴田町消防団幹部に働きかけ、同人等の協力を得てその団員等二一七名が真実何等移転しないのに、あたかも右投票地域内である鶴田町大字野中字梅林九一番地一号地内訴外野呂源太郎所有のりんご倉庫及び同字九二番地八号地内訴外永沢与之助所有のりんご倉庫にその住所を移したように仕なし、鶴田町長名義のその旨の証明書を発行して右二一七名に投票させようとしたのであるが、その内現実に投票したものは本人二一四名、本人でないものが本人名義の右証明書を利用して投票したもの二名、合計二一六名であることが認められる。しからば右二一六名は現実にその住所を右場所に移転したものではなく、したがつて右住民投票に際しては投票権を有しないものであるから、これらの者の右投票は全部無効であるといわなければならない。

ところが、鶴田町選挙管理委員会において、昭和三一年四月二六日執行した前記両地域の境界変更に関する住民投票においては、開票の結果総投票数七四九票、その内有効投票七四四票、無効投票五票有効投票の内賛成四一八票、反対三二六票となつたので、選挙長は賛成投票が有効投票の三分の二以上に達しないとして、右両地域の分町が成立しない旨宣告したこと及び右無効と認定すべき二一六票が右投票総数七四九票中に含まれていることは、いずれも弁論の全趣旨から認め得るところである。したがつて、若し右二一六票が全部が有効でしかも賛成投票であるとすれば、賛成投票は右四一八票を下ることはないけれども、反対投票は右三二六票からこれを差引いた一一〇票まで下る可能性があるので賛成投票が全有効投票数の三分の二以上に達し、右選挙長の宣告と反対の結果を招来することが明らかである。果してそうであるとすれば、右住民投票は、町村合併促進法において準用する公職選挙法第二〇五条の規定に違反するばかりでなく、その投票の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するものとして全部無効というべく、したがつて、鶴田町選挙管理委員会がなした、異議申立に対する決定を取消し、前記石野及び野中両地域の境界変更に関する住民投票全部を無効とする旨の被告の裁決は正当であるといわなければならない。

よつて、原告の本訴請求はその理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 松本晃平 小友末知)

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